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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和52年(ネ)2号 判決 1978年1月30日

控訴人・附帯被控訴人

桝田源三郎

右訴訟代理人

嘉野幸太郎

若杉幸平

控訴人・附帯被控訴人

介田徳一

控訴人・附帯被控訴人

光谷多可志

右両名訴訟代理人

野村侃靱

控訴人・附帯被控訴人

新屋与市

控訴人・附帯被控訴人

株式会社永和商事

右代表者

山田敏治

右両名訴訟代理人

堀口康純

控訴人

西川順知

被控訴人・附帯控訴人

株式会社加州相互銀行

右代表者

林俊平

右訴訟代理人

織田義夫

上田誠吉

主文

一  本件控訴および附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人・附帯被控訴人(以下控訴人という)桝田源三郎、同介田徳一間における原判決別紙物件目録(これを引用する。以下同じ)記載(1)ないし(5)の不動産についての原判決別紙賃借権登記目録(これを引用し、「賃借権目録」とあるを「賃借権登記目録」と訂正する。以下同じ)第一記載の賃貸借契約はこれを解除する。

2  右第1項の判決が確定することを条件として、控訴人介田徳一は、原判決別紙記載(1)ないし(5)の不動産につき、右賃借登記目録第一記載(一)、(二)の各登記の各抹消登記手続をせよ。

3  控訴人光谷多可志は

(一)  原判決別紙物件目録記載(1)ないし(5)の不動産について別紙賃借権登記目録第二の仮登記

(二)  同物件目録記載(6)および(7)の不動産につき別紙賃借権登記目録第三の仮登記

(三)  同物件につき別紙賃借権登記目録第四記載(一)、(二)の各登記の各抹消登記手続をなせ。

4  被控訴人・附帯控訴人(以下被控訴人という)から控訴人桝田源三郎、同光谷多可志に対する、右控訴人両名間の前記賃借権登記目録第二ないし第四記載の賃貸借契約の解除を求める訴はいずれも却下する。

5  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人と控訴人新屋与市、同株式会社永和商事、同西川順知との間では被控訴人の負担とし、被控訴人と控訴人桝田源三郎、同介田徳一、同光谷多可志との間では被控訴人に生じた費用を二分しその一を右控訴人らの負担とし、その余は各自の負担とする。

事実《省略》

理由

一民法第三九五条但書に基づく賃貸借契約解除の訴は抵当権者に損害を及ぼす賃貸借契約を消滅させる形成の訴であるから、消滅させるべき賃貸借契約が抵当権者ひいては競売人に対抗できないものであるときあるいは何らかの理由で既に消滅しているときにはその訴の利益を欠く不適法な訴というべきである。

本件についてこれを見ると、<証拠>によれば、控訴人桝田、同光谷間の原判決別紙物件目録(1)ないし(5)記載の不動産についての原判決別紙賃借権登記目録第二記載の賃貸借契約、原判決別紙物件目録(6)、(7)記載の不動産についての原判決別紙賃借権登記目録第三記載の賃貸借契約、被控訴人が第一次的には控訴人西川、同光谷の間の契約であると主張し、予備的に控訴人桝田、同光谷の間の契約であると主張する原判決別紙物件目録(6)、(7)記載の不動産についての原判決別紙賃借権登記目録第四記載の賃貸借契約は、いずれもその期間が昭和四九年七月一日から満三年間と定められその旨登記されていたことが認められるから、右各賃貸借契約は昭和五二年六月三〇日の経過とともに消滅したものというべく(前記各証拠によれば右終了時は原判決別紙物件目録(1)ないし(7)の各不動産につき既に被控訴人申立の競売に関し競売申立登記がなされていたことが認められるから、右各賃貸借契約の更新があつても抵当権者、競落人に対し対抗できない関係にある。)、結局、右各賃貸借契約の解除を求める訴はその利益を欠く不適法なものというほかはない。

二しかしながら、右賃借権登記目録第一の停止条件付賃借権についてはその条件成就により賃借権が成立した後その存続期間満三年をすでに経過したことが明らかでないので、さらに検討する。

1  <証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一)  請求原因1ないし5、の各事実。(ただし、原判決第六丁裏の六行目から七行目にかけて「根抵当権設定登記」とある次に「(共同根抵当)」を、同第九丁表三行目の「損害金」とある次に「少なくとも」を各付加する。)

(二)  原判決別紙物件目録(1)ないし(5)の不動産については金沢地方裁判所昭和四九年(ケ)第三四号、同目録(6)、(7)の不動産については同庁昭和四九年(ケ)第五六号の各任意競売事件が係属中である。

(三)  右両事件において、同目録記載の各不動産につき鑑定人をして価額を評価させたところ、同目録(1)ないし(5)の不動産につき、明渡しあつたものとの前提で昭和四九年一一月現在で合計八二二五万二六〇〇円、同目録(6)、(7)の不動産につき完全引渡の前提で同年一〇月現在で合計四九九八万円であつたが、その後競売期日を重ねても競買人がなく競売不能のため最低競売価額は順次低下し、昭和五〇年九月八日の競売期日においては各最低競売価額は、同目録(1)ないし(5)の不動産につき五九九六万三〇〇〇円、同目録(6)、(7)の不動産につき三六四三万八〇〇〇円と定められその合計は九六四〇万一〇〇〇円であつたが、右期日においても競買人はなく、今日に至つている。

(四)  これに対し右物件目録(1)ないし(7)の被担保債権は

(1) 被控訴人の訴外有限会社小松観光(以下小松観光という)に対する債権は、元金八四〇五万七五七七円及び内金三二九〇万円に対する昭和四九年五月二〇日以降、内金五一一五万七五七七円に対する昭和五〇年六月一三日以降各支払済に至るまで日歩四銭の割合による損害金であり、当審口頭弁論終結の日である昭和五二年一二月二日現在における元利合計は一億一九五七万二〇三六円となり、

(2) 同目録(6)、(7)の不動産につき被控訴人に優先する先順位抵当権者である訴外金沢信用金庫の訴外小松観光に対する債権は、元金一二九五万五一五七円及びこれに対する昭和五〇年二月二一日以降支払済に至るまで年一四パーセントの割合による損害金であり、右元金と最後の二年間の損害金の合計は一六五八万二六〇〇円となり、

(3) 同目録(1)ないし(5)の不動産につき被控訴人に優先する先順位抵当権者である訴外環境衛生金融公庫の訴外小松観光に対する債権は、昭和五〇年一二月三一日現在で元金三七九万円、利息金二万三七六一円、損害金八九万〇六五〇円であり、同日以降支払済まで右元金に対し年14.5パーセントの割合による損害金が発生するものであり、右元金と最後の二年間の損害金の合計は四八八万九一〇〇円となり、

(4) 右認定の被控訴人に優先する先順位抵当権者の債権の元本、損害金即ち右(2)(3)の債権に、被控訴人の債権の元本及び損害金即ち右(1)の債権の合計額の範囲内である被控訴人の根抵当権の極度額を加えた合計は一億二一四七万一七〇〇円にのぼるものである。

2  右のとおり本件抵当不動産は昭和四九年一〇月から一一月にかけて賃借人もなく完全に明渡した状態で合計一億三二二三円余と評価されていたものが、昭和五〇年九月の競売期日においては最低競売価額の合計が九六四〇万円まで低減されてもなお競買人がない状態であり、同目録(1)ないし(5)の不動産に原判決別紙賃借権登記目録第一記載の停止条件付賃借権が設定された状態での本件抵当不動産全体の価額の合計は、被控訴人に優先する先順位抵当権者の債権の元本及び損害金に被控訴人の根抵当権の極度額を加えた合計額である一億二一四七万円余を相当程度下回るものというべく、右の如き本件抵当不動産の減価は前記停止条件付賃借権の存在に起因するところが大であつたことが推認される。すなわち、一般に土地又は建物について賃借権が設定され、その不動産の所有権取得者に対抗しうる関係にあるときは、その不動産の交換価額は下落し、そのことはたとえ本件契約の如き停止条件付賃借権であつても仮登記を経ている場合には同様であると考えられるうえ、本件の場合右賃借権には譲渡、転貸ができる旨の特約が付されているなど契約内容からみても賃貸人に不利な条件が具備しているからである。評価額の合計か一億円を上回る本件抵当不動産に競買人がないのはオイルシヨツク以降昨今の経済界の不況に起因するものであるとの所論には一部首肯できる部分もないとはいえないが、むしろそのような経済界の状況であるからこそ、抵当不動産上に設定された前記停止条件付賃借権が物件の価額の低減に及ぼした影響が大となつたものとさえ考えられ、いずれにせよ本件抵当不動産は前記停止条件付賃借権の設定により大きく減価したものと推認せざるをえない。

3  以上の事実によれば、原判決別紙物件目録(1)ないし(5)の各不動産についての同別紙賃借権登記目録第一記載の停止条件付賃貸借契約は民法第六〇二条に定めた期間を越えない停止条件付賃貸借契約で、抵当権の登記後にその仮登記を終たものであり、弁論の全趣旨から停止条件たる債務不履行により条件が成就したものとうかがわれるが、その後賃借権の存続期間満三年をいまだ経過しておらないとすれば、右賃借権は抵当権者に損害を及ぼす契約であると解さざるをえないから、被控訴人の右停止条件付賃貸借契約の解除請求は理由があり、また、抵当権に基づく物権的請求権としての控訴人介田に対する原判決別紙物件目録(1)ないし(5)の不動産についての別紙賃借権登記目録第一記載の(一)、(二)の各登記の各抹消登記手続請求は、前記停止条件付賃貸借契約が解除の判決の確定を条件とする限度で理由がある。

三また、原判決別紙物件目録(1)ないし(5)の不動産についての原判決別紙賃借権登記目録第二記載の賃貸借契約、原判決別紙物件目録(6)、(7)の不動産についての原判決別紙第三、第四記載の各賃貸借契約はいずれも期間満了により消滅したものであるが、原判決別紙賃借権登記目録第二、第三の賃借権については仮登記、同第四の賃借権については登記がなされていることはいずれも前記一、二に説示のとおりであるところ、それらの仮登記又は登記は被控訴人の根抵当権の実行に事実上障害となるべきものと認められるから、被控訴人の根抵当権に基づく物権的請求権としてのそれらの仮登記又は登記の抹消請求、すなわち控訴人光谷に対する原判決別紙物件目録(1)ないし(5)の不動産についての別紙賃借権登記目録第二ないし第四の各登記の各抹消登記手続請求はいずれも理由がある。

四そこで、被控訴人から控訴人新屋に対する原判決別紙物件目録(1)ないし(5)の、控訴人株式会社永和商事に対する同目録(6)、(7)の各物件の明渡請求について判断する。

抵当権(根抵当権を含む)は目的物の担保価額を支配する権利であり、目的物の用益権、占有権を内包しないものであつて、抵当権者は目的物の担保価値の減少がもたらされない限りは、目的物の占有、使用収益の態様に干渉しうる法律上の権限を有しないものである。しかしながら、抵当権の目的物の毀損、減価をもたらすような所為に対しては担保価値を維持するため抵当権に基づく物権的請求権の一態様として右のような所為の差止を求めうることはいうまでもないところである。そしてそのことは担保価値の喪失、減少が目的物の占有権原を有しない第三者によつて通常の用法によつて使用収益されていることによつて生じている場合も同様であると解するのが相当である。なるほど、右のような第三者に対しては抵当物件の競落人において明渡しを訴求できることは疑がなく、引渡命令によつて引渡を求める余地もあるが、そうであつてもなお右のような無権限の占有者の存在によつて抵当権の目的物の価値が下落する場合の少なからぬことは現実であり、民法第三九五条但書きによつて抵当権者に対抗しうる賃借権の解除すら認められ、右解除によつて無効となつた賃借権設定登記、その他単に事実上障害となるにすぎない登記の抹消請求すら認められる抵当権者が、せいぜいその消滅し無効に帰した賃借権等を主張して占有するにすぎない無権限の第三者の占有を排斥して担保価値を推持保全することはできないとするのは均衡を失した解釈である。

もつとも、抵当権者といえども常に担保価値実現の必要性が現実化しているわけではないから、右のような無権限の第三者の占有による担保価値の侵害は担保価側実現の必要が具体化した段階以降、すなわち、抵当権実行によつてはじめて現実化したものと解するのが相当であり、また、抵当権者は目的物を使用収益し、占有する権限を有するものでないことは前記のとおりであるから、無権限の第三者に対し直接自己に目的物の引渡しを求めうるものではなく、所有権者又は正当な用益権者に対し引渡すことを求めうるにすぎないものというべきであろう。

これを本件についてみると、控訴人新屋は控訴人光谷から原判決別紙物件目録(1)ないし(5)の不動産を賃借してこれを占有していること、控訴人株式会社永和商事が控訴人光谷から同目録(6)、(7)の不動産を賃借してこれを占有していること、もつとも控訴人光谷の右各不動産についての賃借権は既に期間満了により消滅したことは前記説示のとおりであつて、控訴人新屋および控訴人株式会社永和商事は占有権原を有しないものであるところ、二に説示したところと右事実を総合すれば右控訴人両名の本件抵当物件の占有の事実もまた本件抵当物件の価額を低減せしめ被控訴人の抵当権を侵害していることは否定できない。しかしながら、被控訴人は右控訴人両名に対し本件根抵当権に基づく物権的請求権として本件抵当物件の明渡しを求めているところ、抵当権者(根抵当権者)自身への抵当物件の明渡しを請求できないことは前記説示のとおりであるから、被控訴人の控訴人新屋、同株式会社永和商事に対する請求はこの点において理由がない。

五なお、被控訴人から控訴人西川順知、同光谷多可志に対する右両名間の原判決別紙賃借権登記目録第四記載の賃貸借契約の解除請求については、控訴人、附帯控訴人の各不服申立の範囲外であるから判断を加えない。

六以上のとおりであつて原判決は右と一致する限度で正当であるが、その余の部分は失当であるから原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(西岡悌次 富川秀秋 西田美昭)

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